シンポジウム

特別講演1

「かかりつけ薬局が押さえておきたいデジタルトランスフォーメーションのあれこれ」

こうの のりこ
河野 紀子 氏
日経ドラッグインフォメーション編集記者

 昨今、あらゆる業界でデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が言われており、大手薬局チェーンではDXの戦略を策定する動きもある。そもそもDXという言葉が使われるようになったのは2015年ごろからのようだ。
 DXとはデジタル技術で事業改革を行うことだが、薬局においてはどのように取り入れていけばいいのだろうか。既に電子薬歴など薬剤師の業務を効率化するツールやサービスは普及している。改正医薬品医療機器等法(薬機法)で義務付けられた薬剤師による調剤後のフォローアップについても、LINEなどを使ったツールで患者とコミュニケーションをとる薬局も見られている。
 こうしたデジタル技術を取り入れる際に重要なのは、「これまでなかなか取り組めなかったり、力を入れてこられなかったりしたことができるようになる」という視点だろう。特に新型コロナウイルスの感染拡大で、これまで対面で行えていたことができなくなっている。例えば訪問服薬指導の現場においては、他職種との連携での活用事例をこの1年で取材を通してよく聞くようになった。
 一方、DXが進んでも欠かせない視点として、ウェブ予約ができない世代のケアや直接対話での声がけなど、非効率であっても顔の見える関係性を残しておくことも大事ではないだろうか。
今後、2023年に電子処方箋の運用が開始されると、薬局の業務でおのずと効率化される部分は出てくるだろう。大きく業態が変わるまでの間を、薬局としてより手間をかけ注力する業務は何なのかを考えて準備する期間とすることが重要といえそうだ。

特別講演2

「セルフメディケーションにおけるドラッグストアの果たすべき役割」

はだ ひろゆき
羽田 洋行 氏
株式会社富士薬品 取締役執行役員 ドラッグストア事業本部長

 新型コロナウイルス感染の収束の兆しが見えない昨今、消費者の健康に対する意識が高まり、ドラッグストアには「テレビやインターネットで得る情報より信憑性が高く、病院に行くよりも手軽」に、ヘルスケアに関するアドバイスをもらえる場としてのニーズが高まっている。
富士薬品グループ では薬剤師のほか、ヘルスケアカウンセラー(HCC)・ニュートリションケアカウンセラー(NCC)・ビューティケアカウンセラー(BCC)という高度なカウンセリング能力を持つ専門家を育成しており、各専門家はお客様に対してそれぞれの専門分野について情報提供をするだけでなく、相互に連携することでより質の高いサービスを提供している。具体的には調剤薬局に処方箋をお持ちいただいたお客様の薬歴と、そのお客様が購入しているOTCや健康食品を確認し、相互作用のチェックや服薬指導に活かす取組みなどがある。この取組みは調剤の薬歴情報とドラッグストアのポイントカード情報を紐づけ、一人のお客様の情報を統合的に管理することにより実現した。現在、ビューティカテゴリーに導入済みの「ビューティ顧客台帳」も顧客情報統合の一例である。
今後はヘルスケアカテゴリーにおいても各専門家が管理・運用する目的別台帳を順次導入予定である。このように当社グループは顧客情報の統合の推進により、お客様一人一人に合わせた健康増進・未病予防関連の商品やサービス及び情報の提供、専門家連携の更なる強化を図り、「“身近で相談できるヘルスケアのプロ”として健康寿命の延伸・未病予防に貢献するドラッグストア」を目指して今後も取り組んでいきたい。

特別講演3

「医薬品適正使用・育薬・創薬とDX」

さわだ やすふみ
澤田 康文 氏
東京大学大学院情報学環・学際情報学府 准教授

 現在、国内外で医療に関係したDX(デジタルトランスフォーメーション:人々の生活の汎ゆる面でデジタル技術がもたらす変化)が積極的に進められている。特に日本でも国がデータヘルス改革を推進し、新型コロナウイルス感染症の拡大によってオンライン診療や服薬指導の規制緩和も進められている。
 ポストコロナ期の日常生活においてもデジタルヘルスケア(スマートヘルスケア)は大いに進むであろう。ここで、デジタルヘルスケア・ホームで独り暮らしする高齢者を想像してみよう。卓袱台の上、部屋中に置いてあるスマートヘルスケア機器類に囲まれて生活することで、服薬・栄養モニタリング、健康モニタリング、生活モニタリングがきっちり行われるので、安心・安全な日々の生活ができている。これにより、健康の維持、医薬品の適正使用は達成できるかもしれない。しかし、果たして高齢者は幸せと感じるであろうか? これらはあくまでも支援(脇役)システムであり、ヘルスケアの主役は医療者・介護者・家族であり、彼らの心暖まる見守りが必須なのである。高齢者にとっての真の安心・安全はここにある。
 これらの基盤となるものは、①生活者(患者など)は、健康の知識、薬の正しい知識を学び、維持すること、②医療者(薬剤師など)は、最新の医薬品適正使用・育薬情報、患者情報を確実に入手・評価・提供すること、③医療・介護・物販間のリアルタイムな連携を推進すること、④そのためには、全ての関与者の生涯にわたる学びと研修が必須である。
 一方で、医薬品は途切れることなく進化させなければならない。薬があるところ全ての場での市販後情報(インシデント・アクシデント、グッドジョブなど)を収集し、AI・機械学習の手法を用いて解析・予測し、得られた情報を医薬品適正使用・育薬・創薬に活かすことで、より進化したデジタルヘルスケアを実践できるであろう。

特別講演 まとめ

「デジタル改革と新たなセルフメディケーションの推進」

     やまうら かつゆき
座長 山浦 克典 氏
慶應義塾大学薬学部 医療薬学・社会連携センター 教授

 デジタル革命と新たなセルフメディケーションの推進について、メディア、ドラッグストア、アカデミアのお立場からそれぞれお話を頂いた。
まずメディアの立場から、日経ドラッグインフォメーションの河野さんより、薬局業務 でデジタル活用が進む一方、人と人との関わりを大切にする寄り添いの視点について、コロナワクチンのWeb接 種予約が出来ない高齢者を薬局がサポートする上田薬剤師会(長野)の事例をもとにお話しいただいた。  
また、富士薬品の羽田先生からは、ドラッグストアにおけるデジタル活用の一例として、薬歴情報と顧客情報を統合し、OTCやサプリメント等の情報と合わせて安心・安全な調剤につなげる取り組みを披露いただき、患者一人一人を大切にした情報活用の仕方についてご紹介いただいた。
最後に、東京大学の澤田先生からは、「AIによる高齢者の生活支援」という未来的なデジタルヘルスケア・ホームのアイデア、さらに自発報告事例のデータベースを構築して市販後情報を活用しAI・機械学習の手法を育薬に活かすという夢 のあるアイデアをご披露いただき、こうしたアイデアについて実用化に向けた検証・実験を行っていくとお教えいただいた。
3人の先生に共通するメッセージは、「DXがさまざまな形で発展し医療に変革をもたらしていくなかでも、我々医療人は“人と人との温かさ”を大事にしながら患者・生活者に相対していくべきである」という重要な示唆であった。この視点を含め、真に人の健康と幸せを支援するデジタル時代のヘルスケアを実践していかなければならない、ということを提言し総括とする。

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