シンポジウム

基調講演

近年の基盤研究と創薬の開発

 アトピー性皮膚炎(以後AD)は3つの側面、「皮膚バリア機能異常」「アレルギー炎症(免疫応答の偏倚)」「そう痒(抹消神経の活性化)」が、三位一体となって難治化する慢性炎症性の皮膚疾患である。近年、その病態の解明は飛躍的に進展し、特にサイトカインネットワークの理解に基づく分子標的薬(IL-4/IL-13阻害薬、IL-31受容体抗体、JAK阻害薬など)の開発が治療体系を大きく変革しつつある。

 「バリア機能」に関して明らかになったのは、フィラグリン遺伝子異常との関連である。この遺伝子はタンパク質から天然保湿因子を産生するメカニズムを阻害してバリア機能の低下を招く上、抗菌力も低下させる。さらに喘息をはじめ、他臓器のアレルギー誘導リスクとなることが明らかになり、早期にバリア機能を高める創薬としてJAK阻害剤デルゴシチニブ(JT)が開発された。
 「免疫」に関する研究では、皮膚が異物を除去しようとしてアレルギーを起こす一方、腸管は異物を吸収しようとして免疫を抑制させることが明らかになっている。このことから、最近はあえて少量ずつそのアレルゲンを取り込む治療法が用いられている。
 「痒み」は患者のQOLを大幅に下げるばかりでなく、掻きむしることで治療を難しくするため、その制御は極めて重要である。従来の選択は抗ヒスタミン剤だったが、蕁麻疹には効いてもADにはほぼ効かなかった。これに対し、免疫抑制剤シクロスポリンの研究が進められた結果、ADに伴うそう痒に対するIL-31をターゲットとした初の抗体医薬品ミチーガが承認された。
 このように数年前までは、ステロイドを使いたくないAD患者に対して良い治療薬がなかったが、バリア機能を改善するデルゴチニブで治療は大きく変わり、痒みが重篤な場合にも新薬ミチーガで確実にコントロールできるようになった。このほか非ステロイド系の新たな外用薬も認可され、AD治療の選択肢が大きく広がってきている。

AD患者のQOL向上は専門医と薬局の協働で

 ADは再燃を繰り返しやすい疾患である一方、治療薬の効果が目視で分かりやすいという点から、セルフメディケーションでの治療と相性は良い。OTC薬での治療のポイントは漫然と薬を使いつづけるのではなく、副作用、使用法、使用期間に十分留意しながらトリアージを見極めていくことである。
 例えば、AD症状の多くは左右対称に出るため、患者には「右の肘にはこの薬を塗って、逆側は塗らずに2週間様子を見てください」と奨め、結果の違いで患者のモチベーションを高めるという方法がある。また、セルフケア管理を正しく指導し、スマートフォンの写メ機能を活用して悪化した状態を記録する習慣付けも重要だ。そして症状が改善しない場合には速やかに受診勧奨を行い、専門医との協働でAD患者のQOL向上に貢献してくことを願いたい。

 30年以上前、私が皮膚科の臨床経験を積んでいたアメリカでは、当時からさまざまなOTC薬が当たり前のように使用されていた。日本では医者不足が指摘されるが、実のところ医者以外の人が携われる領域が少ないと感じる。患者のリテラシー向上とともに、国民全体を巻き込んでセルフメディケーションを育てていく、そうした運動も大切ではないだろうか。

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